【CS17年男】病気への無理解は本当に悪か?
こんにちは。
今日も今日とて、思索の備忘録。
前回の記事で、CSへの無理解を嘆いてみた訳ですが、今回は、逆の視点から。
我々CS患者は、傍目からみると、全く健康にみえることがあります。
病気を理解して欲しいという欲求の反面、中途半端に病気であることをカミングアウトして、変に同情されたり、気を使わせるのが重荷になる場合ってないでしょうか?私はそれが嫌なので、極近しい人にしか話してません。
これを安いプライドと断じるのは簡単ですが、人間には機微というものがある訳で。
他の人に一目でわかる病気、これも無理解に引けを取らないぐらい辛いはずです。
例えば、あるインタビューで、顔にアザがある方は、こう言っていました。
「理解しなくていいから、そっとしておいて欲しい。むしろ無関心でいて欲しい。」と。
病気への無理解が必ずしも悪い事なのか。みなさんはどう考えますか?
今日も今日とて、思索の備忘録。
前回の記事で、CSへの無理解を嘆いてみた訳ですが、今回は、逆の視点から。
我々CS患者は、傍目からみると、全く健康にみえることがあります。
病気を理解して欲しいという欲求の反面、中途半端に病気であることをカミングアウトして、変に同情されたり、気を使わせるのが重荷になる場合ってないでしょうか?私はそれが嫌なので、極近しい人にしか話してません。
これを安いプライドと断じるのは簡単ですが、人間には機微というものがある訳で。
他の人に一目でわかる病気、これも無理解に引けを取らないぐらい辛いはずです。
例えば、あるインタビューで、顔にアザがある方は、こう言っていました。
「理解しなくていいから、そっとしておいて欲しい。むしろ無関心でいて欲しい。」と。
病気への無理解が必ずしも悪い事なのか。みなさんはどう考えますか?
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テーマ : 気付き・・・そして学び
ジャンル : 心と身体